マタイの召命 /決断の瞬間

ローマに行くのなら是非このカラバッチョの傑作を観てもらいたい。この絵は、パルテオンからすぐ近くのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会という小ぶりな教会にあり、他の2作と一緒にカラバッチョの最高傑作を設置当時の環境のまま、しかも無料で見学ができる。小生の大好きな絵でもあるので、先日もこの教会を訪れた。今回で3回目である。マタイは徴税人で、世俗に塗れた守銭奴であったが、イエスキリストに見出されて回心する。この絵はその回心の瞬間を捉えたものだ。改めてこの絵を見ていて、あれっと思ったことがある。マタイと思っていた髭の人物が、指を自分に指しているのではなく、隣の下を向いてお金を数えている若者を指しているようにも見えるのだ。あれ?実はマタイはこの髭の男ではないのか?あの若者がマタイ?少々調べてみると、実は、これは美術研究家の間でも論争になっていることを知った。ただ、小生は、やはり髭の男がマタイという説をとりたい。表情は明らかに驚きを表していて、目には戸惑いも見える。他の人物は、イエスを見ていないか、見ていてもその意味するところを理解していないように見える。ChatGPTによると、人間は誰でも、神の声を聞くこと機会はあるのに、それに気づいていない というカラバッチョの意図が隠されている とのこと。なるほど、この解釈はいいなと思う。Somni Consultingでは、ほんの一歩先に行くことを支援したいと思っている。このほんの一歩先というのは、まさしくそれに気づくか、気づかないか、そしてそれに対して行動を起こすか どうかということでもある。何年かぶりにこの絵を見て、改めて、この絵の意味するところを色々と考えさせられた。