2026年10月3日、スペイン・カタルーニャ州のタラゴナで、人間の塔「Castells」の大会を見てきました。今回は2年に一度にしか開かれないCastellsの最高ランク大会、Concurs de Castells。第30回となる大会の土曜の部には、18チームが参加しました。Castellsは、2010年にユネスコの無形文化遺産に登録された、カタルーニャの伝統の人間の塔です。
会場は、元の闘牛場を活用したTarraco Arena。円形の競技場いっぱいに、各チームの参加者がひしめいています。緑、水色、黄色、赤、ピンク。それぞれのチームカラーのシャツが大きな色の塊になり、競技場を埋め尽くしていました。各チームの入場を先導するのは、それぞれの楽隊です。小さなクラリネットのように見える管楽器が、高い音を響かせ、太鼓がそれに続きます。管楽器は「グラリャ」と呼ばれる、Castellsを伴奏する伝統楽器です。

色とりどりのチームが集まり、複数の塔が立ち上がる会場
観客は、ほとんどが地元の人。私たちを誘ってくれた方も含め、このCastellsを郷土の誇りとして大切にしているのだと感じました。チケットもたったの6ユーロ、商業的な目的ではなく、2年に一度、最高の人間の塔を楽しむために集まる、そんな会場の熱気には、自分たちの文化への愛着が重なっているようでした。
ユニフォームをよく見ると、皆、お腹から腰にかけて黒い帯状の布を巻いています。その巻き方も印象的でした。長さは5メートルほどにも見える布の端を、一人がしっかり持ち、ぴんと張る。身につける人は、その布に自分の体重をかけながら、くるくると回って締めていきます。日本でいう、さらしを巻くような感じです。
この帯は、体を締めて力を入れるためだけのものではありません。上に登る人が手や足をかける、いわば梯子の段にもなるのです。姿勢を保つためのコルセットの役割も果たしているのかもしれません。登る人を支える準備は、土台を組む前の、こうした身支度から始まっていました。
Castellsは、人が人の肩に乗ってつくる塔です。下の人が上の人を支え、その上にさらに人が登っていく。そして最後に、小学校1年生くらいに見える子どもが頂上に登り、手を上げます。この日の塔は最高で8段。この大会に出場するチームは、最高難易度の組み方で臨みます。色鮮やかな人の集まりの中から、いくつもの塔が立ち上がる光景は圧巻です。
観客は、固唾をのんで、それぞれのチームが塔を組み上げ、そして下りていくのを見届けています。4段くらいまで組み上がると、楽隊のグラリャが響き渡り始め、最後の子どもが頂上に登り、手を挙げるまで曲で緊張感を盛り上げます。観客の息をのむ緊張感と、参加者の熱気が同じ空間にある。その独特の雰囲気に、すっかり引き込まれました。
でも、今回とりわけ目を引かれたのは、その下にある「土台」でした。
土台は、カタルーニャ語で「pinya」と呼ばれます。人が幾重にも集まり、体を寄せ合い、中心を支えています。ただ大勢で押しているわけではありません。手の下、腕の下、わずかな隙間にも人が入り、体の向きや手の位置を合わせる。塔が立ち上がる前から、土台づくりはすでに始まっているのです。

中心に向かって腕を重ね、密に体を寄せ合って支える土台
リーダーは、その組み合わせを真剣に確認していました。誰がどこに入り、誰を支えるのか。見ていると、人の配置そのものが塔の強さを決めているように思えます。特に土台の芯は非常に堅牢です。芯には、円の外に向かっている人が立ち、中心のちょっとした隙間には、人が潜り込み、おしくら饅頭をガシガシに固めた状態になる。そしてその芯に向かって、綺麗に押す列ができる、人と人との間隔はなく、それこそ人間で巨大な土台を形成しているのです。
そして、土台にはもう一つ、大切な役割があります。塔が崩れたときに、落ちてくる人を受け止めることです。空中ブランコの下に張られた安全ネットのように、人の集まりが落下の衝撃を和らげる役割も担います。
この日、私は塔が崩れる場面を2回見ました。
写真では、頂上の子どもが手を上げています。塔が立ち上がったことを示す、華やかな瞬間です。しかし、まだ終わりではありません。この後、皆が無事に下りなければならないのです。競技でも、頂上まで到達した状態と、崩れずに下り終えた状態は区別されています。

頂上の子どもが手を上げ、塔が立ち上がった瞬間
実は、この写真の塔は、下りる途中で4段目が崩れ、登っていた人たちが落下しました。さっきまで立っていた塔が、一瞬で崩れる。完成の写真だけでは伝わらない緊張感が、そこにはありました。小さな子どもでも、落ちてくれば相当な重さです。大人ならなおさらです。受け止める土台の側にも危険があります。隙間なく組み、周囲と体や腕の位置を合わせることには、塔を安定させるだけでなく、互いの身を守る意味もあるのだと思います。
知り合いのCastellsのメンバーから聞いた話では、練習でも、誰がどこに入るかをしっかり身につけて本番に臨むそうです。毎週の練習には、基本的に毎回の参加が求められるとのこと。いわば「皆勤賞」が前提なのです。一人の一瞬の油断が、大きなけがにつながりかねない。そう考えると、この要求にも納得します。体格や運動能力といった資質はもちろん大切でしょう。でも、繰り返し練習に通い、自分の役割を覚え、周りと息を合わせる努力も同じように求められる。塔の土台は、本番だけ集まってできるものではないのですね。
参加者の幅広さも印象に残りました。女性が多く、年齢の高い人も参加しています。コミュニティーの中では老若男女が役割を持てるように見えました。登る人も、支える人もいる。それぞれの持ち場があって、初めて一つの塔になる。ただし、役割を引き受ける以上、練習と責任が伴う。その組み合わせが面白いと思いました。

堅牢な土台の上に聳え立つ人間の塔
そんな光景を見ながら、会社や組織のことを考えました。
外から見えるのは、社長の発信、営業の成果、商品やブランドです。その裏には、受発注、経理、品質管理、現場の段取り、教育など、日々の仕事があります。ただ、「縁の下の力持ちが大切だ」というだけでは、今回見た土台の強さを十分に説明できない気がします。印象に残ったのは、一人ひとりの力を、全体を支える力に変えるための準備でした。
土台を組むリーダーは、位置と組み合わせを確認していました。営業が受けた注文を製造へ渡すとき、納期や仕様の変更を誰が確認するのか。曖昧なままなら、その隙間を埋めるために、いつも同じ人が走り回ることになります。その人の頑張りで回っている状態を、組織の強さと取り違えていないでしょうか。
老若男女が参加しながら、練習には継続して通うことを求めるという話も、組織を考えるヒントになります。参加できる人の幅が広いことと、役割を果たす基準が明確であることは、両立する。会社でも、年齢や経験の違う人が力を発揮できる持ち場をつくる。そのうえで、必要な知識、確認すべきこと、周囲との連携を身につけられるようにする。責任を求めるなら、習得の機会や支援も用意する。
そして最も考えさせられたのは、土台が、塔を高くする力と、崩れたときの衝撃を受け止める力の両方を持っていたことです。
企業でも、新しい商品や市場に挑戦するなら、うまくいかなかったときに被害を広げない備えが必要です。また、誰か一人が、落ちてくる問題を体で受け止め続けるようでは、その人自身が疲弊してしまいます。互いに支える組織をつくるなら、善意や献身に頼り切らず、負担を分担できます。頂上で手を上げても、無事に下り終えるまで終わらない。この点も、売上の獲得や新商品の発売が、一つの到達点にすぎないことを思わせます。
診断士として企業を見るときも、目に見える成果の下で、誰が何を支え、どこに負担や情報が集中しているのかを確かめたいと思います。経営者が土台に目を向けるとは、目立たない仕事をねぎらうことに加えて、役割、連携、学ぶ機会、問題が起きたときの対応に手を入れることなのだと思います。
頂上で手を上げる子どもの姿は、もちろん忘れられません。でも、今回いちばん心に残ったのは、その下で体を寄せ合い、最後まで仲間を支えていた人たちでした。人間の塔を見る機会があれば、ぜひ土台にも目を向けてみてください。自分たちの会社で、次の挑戦を支える土台はどうなっているか。タラゴナで見た光景は、私にそんな問いを残してくれました。
