経営や組織変革の現場で、今も大切にしている二つの言葉があります。
Respect と Hope。
バルセロナ駐在時代、私は買収したばかりの医薬品原薬工場を、親会社向けの製造拠点から開発製造受託(CDMO)へ転換する任務を担うことになりました。新しいオーナーは、それまでとは文化も事業背景も異なる日本企業。社員にとっては、見知らぬ会社であり、見知らぬ日本人社長でもあります。雇用はどうなるのか。会社の将来はどうなるのか。そうした不安があったのは当然だったと思います。
その工場は、トップ製薬企業の原薬工場として長く運営されてきた場所でした。品質保証や環境対応の水準は高い。何より、そこで働く人たちには長い経験と誇りがあります。親子三代で勤務している従業員もいました。私たちが向き合っていたのは、単なる事業転換ではありません。ものをつくる工場から、お客様に選ばれるサービス事業へ。組織そのものを変えていく挑戦でした。
買収初日は、全従業員を集めてDAY1イベントを行いました。そこで私は、「お客様から第一選択として信頼されるCDMOとなる」ことをVisionに、「最高品質の製品とサービスにより人々の健康を向上する」ことをMissionとして伝えました。利益を目的にするのではなく、この責任を果たすことで、結果として利益が生まれる。その順番を、最初の日に明確にしたかったのです。
その後、現地経営幹部と5年間の中期プランを策定し、三交代勤務の社員も含めて全員に直接説明しました。同じタウンホールを9回。夜勤の社員に向けて、23時に話したこともあります。
経営の言葉は、一度発信すれば届くものではありません。相手の働き方や時間に合わせて、繰り返し届けて、初めて対話の入口に立てるのだと思います。もちろん、言葉だけでは人は動きません。設備や開発への投資も重ねました。経営が本気でこの事業に取り組むのだということを、行動でも示す必要があったからです。
買収から数年が経ち、業績が軌道に乗りつつあった頃、本社のCEOが来場し、現地幹部に尋ねました。
「このサイトはインテグレーションが非常にうまくいっているが、その理由は何なのか」
その時の工場長の答えを、今でも鮮明に覚えています。
「皆さんが Respect と Hope をもたらしてくれたからです」
Respectだけでは、組織は過去を守るだけになるかもしれません。Hopeだけでは、現場を置き去りにしたきれいごとになるかもしれません。相手が歩んできた歴史をRespectしながら、その先にあるHopeをともに描く。
あの工場長の言葉から何年も経った今も、この二つは、私が経営を考えるときの出発点であり続けています。

